アニメ、SPY×FAMILYの大ファン!
SPY×FAMILYを観ていて、誰もが一度はクスッとしたことがあるはず。アーニャが両親を呼ぶときの、あの独特な呼び方。
「ちち〜」「はは〜」
この呼び方、日本語ネイティブの私たちには「かわいい」「ちょっとおかしい」「アーニャらしい」と、一瞬で伝わる。でも、これを英語に訳そうとすると、途端に難しくなる。今回は、この小さな二文字に込められた日本語の奥深さについて書いてみたい。
「ちち」「はは」は、本来どういう言葉?
日本語を学んでいる人なら知っていると思うが、「父(ちち)」「母(はは)」は、自分の親を他人に紹介するときに使う謙譲的な表現だ。
「私の父は会社員です」「母は元気にしております」
こんなふうに、目上の人や他人に対して、自分の親をへりくだって呼ぶときの言葉。つまり、親に直接呼びかける言葉ではない。
普通の子供なら「パパ」「ママ」、あるいは「お父さん」「お母さん」と呼ぶ。4〜5歳の女の子が、親に向かって「ちち」「はは」と呼びかけるのは、日本語としてはかなり不自然で、だからこそ面白い。
幼い子供の口から出る、妙にかしこまった響き。でも本人はいたって真剣。このギャップが、アーニャというキャラクターの愛らしさを何倍にもしている。
英語版ではどう訳されている?
実は、英語版では媒体や時期によって訳し方が異なっている。
アニメ英語吹替(Dub)
- 「ちち」→ Papa
- 「はは」→ Mama
英語圏で小さな子供が親を呼ぶときの、ごく自然な表現。違和感がなく、かわいらしいが、アーニャの特別感が薄れてしまう。
アニメ英語字幕(Subtitle)
字幕では、1期の前半と後半で訳語が変わっていたようだ。
- 前半:Daddy / Mammy
- 後半:Father / Mother
“Daddy / Mammy” は吹替の “Papa / Mama” と同じく、子供が使って自然な呼び方。一方、”Father / Mother” は普通の名詞っぽい響きになってしまう。
漫画英訳版(Casey Loe訳)
漫画の英訳版では Papa / Mama が使用されている。
どの訳もしっくりこない理由
どの英訳を選んでも、アーニャが話す日本語の「ちち」「はは」が持つニュアンスを完全には再現できない。
| 英訳 | 雰囲気 | 結果 |
|---|---|---|
| Papa / Mama | 子供らしくて自然 | 「かしこまり感」がない |
| Daddy / Mammy | 甘えた幼児らしさ | 「かしこまり感」がない |
| Father / Mother | フォーマルで堅い | 「幼さ」「かわいさ」がない |
子供っぽいのに、妙に大人びている。この矛盾した二つの要素が一つの言葉に同居しているのが、アーニャの呼び方の魅力だと思う。
英語の “Papa” は幼いけれどかしこまってはいない。”Father” はかしこまっているけれど幼くはない。どちらか一方しか表現できず、両方を同時に伝える英単語が存在しないのでしょう。
字幕が途中で “Daddy” から “Father” に変わったのも、翻訳者の方が試行錯誤されたのだろう。おそらく「これは普通の呼び方じゃない」ということを何とか伝えようとされた結果なのだと思う。
研究者も注目するアーニャの言葉
このささいな私の疑問を、ググってみたら・・・
ナント、真剣に研究して論文まで書いておられる方がいらっしゃいました。ヨーテボリ大学のイーヴァソン房枝氏は、論文「漫画『SPY×FAMILY』におけるキャラクター言語の日英翻訳」の中で、アーニャとヨルの言葉遣いがどのように英訳されているかを詳細に分析されています。
論文によれば、アーニャの言葉遣いには日本語特有の豊かな表現手段が詰まっている。
- ほぼ全てひらがな表記(「にんむ」「すぱい」など、漢字やカタカナを使わない)
- 音の省略や置換(「いってきます」→「いてきます」、「おでかけ」→「おでけけ」)
- 自分を「アーニャ」と呼ぶ(一人称代名詞を使わない幼児的な自称)
- 幼児なのに難しい言葉を使う(「残弾数」「帰還した」などの漢語系語彙)
| 日本語 | 英訳 | 結果 |
|---|---|---|
| だいじょぶな きがする… [=だいじょうぶ] | …I THINK IT’S GONNA TURN OUT OKAY | 大人の言い方と同じ |
| うぃ [= はい] | OKAY/’KAY/YEAH/SURE 等 | 普通の言い方 |
| アーニャんちへ いらさいませ | WELCOME TO ANYA’S HOUSE! | ごくごく普通 |
自称詞「アーニャ」は英語版では “I” になっている。英語で自分の名前を主語にすると2歳児レベルの印象になってしまい、アーニャには幼すぎるためだという。ひらがな表記による「読み書きがおぼつかない感じ」も、アルファベットでは表現が難しい。
つまり、日本語がいかに豊かで複雑かということが、翻訳の困難さを通じて浮かび上がってくるということだ。
日本語って難しい。でも、なんかいい。
「ちち」「はは」の英訳?から、こんなに広がってしまった。
日本語には、一人称だけでも「私」「僕」「俺」「あたし」「わし」「拙者」……と何種類もある。呼び方一つで年齢、性別、性格、関係性、場の雰囲気が変わる。文字だって、ひらがな・カタカナ・漢字の使い分けで印象が全く違う。「スパイ」と「すぱい」では、同じ言葉なのに受ける印象が全然違うのだから。
この複雑さは、外国語に翻訳するときには確かに「難しさ」になる。でも、その難しさこそが、日本語の豊かさであり、面白さだと思う。
アーニャの「ちち」「はは」が世界中で愛されているのは、たとえニュアンスが100%伝わらなくても、あのキャラクターの魅力が言語の壁を超えているからだろう。それでも、日本語で聞く「ちち〜」「はは〜」には、翻訳では伝えきれない、何とも言えない味わいがある。
日本語って、難しい。
でも、なんかいい。
参考文献
イーヴァソン房枝(2021)「漫画『SPY×FAMILY』におけるキャラクター言語の日英翻訳──アーニャとヨルの言葉遣いとキャラクターを考える」『通訳翻訳研究への招待』No.23, pp.1-21.
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